2008/10/21

難民ソーシャルワークの可能性

熊切 拓(在日ビルマ難民たすけあいの会副会長)

「在日ビルマ難民たすけあいの会(以下BRSA)」の活動の根幹は、会員からの月々の会費によって運営される基金から医療や生活の問題を抱えたビルマ難民を支援し、また入管収容者に対しては必要な保釈金を貸与する、ということにある。しかし、BRSA会員にも、それからそうでない人にも知っておいてほしいのだけど、本当のところをいえば、お金で解決できることは問題のほんのわずかな部分にすぎない。

例えば、健康上の問題から仕事ができないという会員が支援の要請をしてきたとしよう。BRSAでのこれまでの対応だと、月1万円の支援をするのが精一杯だが、これはもちろん少ない。しかし、たとえ月に10万円の支援をする力があったとしても、それだけで済む話ではない。

その人の抱えている健康問題が、数ヶ月で解決するようなものならばその期間だけ支援し続けることもありうる。だが、健康状態の回復に相当な期間がかかると見込まれる場合、以下のことを考えなくてはならないだろう。

1)本当に適切な治療を受けているか。もしそうでないならば、適切な医療機関にその人を連れて行かなくてはならない。

2)長期の治療が必要な場合、医療費の支払いをどうするか、その病院の医療ソーシャルワーカーと相談しなくてはならない。特にその人に保険がない場合はこれは不可欠である。

3)BRSAだけでなく他のNGOからの支援をその人のために見つけることはできないか。あるいは生活保護などの公的扶助を受けられるかどうか、行政と交渉を行う。BRSAの基金を使うことだけが支援なのではない。

4)当人の健康問題が、入管での長期の収容によるものである場合、その経緯をしっかりと記録し、入管行政の改善を求めるための資料とする。

5)難民申請中である場合、難民ビザの有無は、国民健康保険の有無、公的扶助の受給資格と直結しているため、その人ができるだけ早く難民認定を受けられるよう支援しなくてはならない。

6)人間関係等の問題を抱えて孤立している場合は、できるだけその問題を解決し、その人が豊かな人間関係を築けるようにする。周囲の人からの支援が得やすい環境を整えるのである。

いっぽう、保釈金の貸与においても、お金を貸すということ以上の支援が必要とされる。BRSAに保釈金を借りなければならない人は、収容以前に何らかの事情でお金を失っていたり、支援してくれる家族、親族、友人との関係が切れてしまっていたりなどの問題を抱えている可能性がある。そのような場合、その人とビルマ人コミュニティ、あるいはその人の民族のコミュニティとの溝を埋めるような作業、周囲の人間関係の修復を行う必要がある。そうした結果、その人が、BRSA以外の親戚・知人からの支援を受けられるようにするのは重要だ。なぜなら、その人に使うはずだった基金を別の人に割り当てることができるからである。

このように実際にしなければならない仕事を考慮すると、BRSAで支援するということは、以下の3つの領域にまたがって働くということであるのがわかる。

1)日本の行政
①区役所・市役所では公的扶助の申請、外国人登録などの支援など。

②入国管理局に対しては難民認定申請の支援、入管収容者に対する支援、収容問題改善の働きかけなど。

③子どもの場合は学校との交渉。
 
2)日本社会
①医療機関との交渉。

②難民支援組織(難民支援協会、難民事業本部など)との連携。

③住居を借りるさいの身元保証人探し。

④雇い主との交渉、職場でのトラブル解決。場合によっては労働組合などと協力。

3)在日ビルマ人社会・在日少数民族社会
人間関係の修復。

この3番目では、その人とビルマ人コミュニティとである種の和解が図られるわけだが、これは民主化活動にとっても重要なプロセスだ。長い軍事政権下での暮らしの中で「他人を信じるとえらい目に会う」という経験を幾度もしてきたビルマの人々は、自分の暮らす社会に対してもはやいかなる信頼ももてなくなってしまっている。このような「軍事政権的心性」を脱却することは、民主化運動成功のカギとなるが、そのためには相互の信頼をいかに醸成するか、いかに信ずるにたるコミュニティを生み出すかが重要な課題となる。

それはともかく、BRSAで会員を支援する立場にある人は、上の3つの領域に絶えず目を配りながら、活動を行う必要がある。その活動の基本は、支援を求めている人を適切な政府機関、団体、コミュニティとよりよく結びつける、という点にあり、支援者はそのための技術、経験をもっていなくてはならない。このような難民に関わる援助技術とその実践は、難民ソーシャルワークと呼ぶことができよう。

とはいっても、ビルマ難民に関わる難民ソーシャルワークは、日本人だけ、あるいはビルマ人だけでなしえるものではない。上記の3つの領域では、日本人とビルマ人の協力が常に前提とされていなくてはならない。BRSAが目指す難民ソーシャルワークとは、日本人だけが援助者として常に立ち現れるものではない。ビルマ人もまたひとりのソーシャルワーカーとして日本人とともに活躍することが要請される、そのようなものでなくてはならない。それは「たすけあい」の精神に基づくソーシャルワークとなろう。

BRSAの会員の中には、援助活動を独自に行っているビルマ人もいる。ただ、それは未だ単なる慈善であり、ひとつの技術としてはまだ認識されていないように思う。また、ぼくを含めた日本人も学ぶべきことは多い。これからさまざまな経験を積み、難民ソーシャルワークの確立を目指すワークショップやセミナーを通じて学びを深めることで、BRSAならではの新しいソーシャルワークのあり方を見いだせるのではないかと考えている。(了)

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